子どもの習慣的行動の理解

Goldwater, M. B., Gershman, S., Moul, C., Ludowici C., Burton, A., Killer, B., Kuhnert, R., Ridgway, K. (2020). Children’s understanding of habitual behavior. Developmental Science


心の理論研究は今までに多くなされているが, 新しい視点を導入しているので取り上げてみたい。

心の理論とは「自己または他者の行動を予測・反応するために, 信念・感情・思考・願望をなどの直接観察できない心的状態を帰属させる能力」を指す。幼児を対象にした研究でいうとサリーアン課題などがその代表である。この研究文脈において, 自己または他者の行動を駆動するものとして真っ先に浮かぶのは, 目標や目当てと呼ばれるものであり, サリーアン課題などでも「サリーがボールで遊ぼうとして」というナレーションがついていることがある。著者らはもう1つ自己または他者の行動を駆動するものとして, 習慣をあげている。言われてみれば当たり前のことで, 「いつもどおり」の場所に行ってしまったり, 「いつもどおり」のやり方をしてしまったりということは日常茶飯事である。そして, 心の理論研究においてはこの習慣というものを取り扱っていないと指摘する。確かに, 習慣ゆえに誤ったまたは非合理的な反応をしてしまうということを子どもはいつころから理解することができるかと問いは今までになかったものである。習慣の素朴心理学のようなものである。

理論的には, 自己または他者の行動をプランニングまたは目標志向的 (goal-directed) という観点と習慣という観点の2つから捉えるという考え方が背景にある。それぞれmodel-based, model-freeという用語に対応しているのだが, この研究ではそこまで触れていない。詳細は, 紹介する研究の前駆体が2016年に成人を対象になされているのでそちらを参考にしてほしい (Gershman, S. J., Gerstenberg, T., Baker, C. L., & Cushman, F. A. (2016). Plans, habits, and theory of mind. PloS one, 11(9))。

著者たちは, 子どもは他者が目標志向的に行動することを考えの前提にしているのではないかと想定している。ある意味, 習慣には囚われないまたは習慣の存在をあまり気にしていない(実際は囚われているにもかかわらず) のではないかと予想している。そうした目標志向よりのバイアスが発達とともに, 徐々に習慣というものを考慮にいれるようになるのではと考えている。

方法

実験は5歳から10歳の262名を対象に行なっている。べらぼうに多いし, なぜこのサンプル数なのか書いていないのでわからないが, 取れるだけとってみたということだろうか。実験は非常にシンプルで, まずは次のようなお話をイラスト付きで教示する。

「サリーは時々夜中に起きてしまうけれど, そんな時は本を読むと寝れるようになる。ある日, サリーの母親はサリーは夜中に目覚めた時に本を読めるように蛍光灯をベッドの横に置いてくれた。この蛍光灯はベッドの左側にあった。次の日の夜, サリーは夜中に起きてしまい, 電気をつけて本を読みたくなった。彼女はベッドの左側に手を伸ばすと思う?それとも右側に手を伸ばすと思う?」

この教示をした後に子どもに答えてもらい, それに対して「左側」であることをフィードバックした。こうした手続きを2回行う群(非習慣群)と4回行う群(習慣群)を設定した。そして, 習慣群にはさらに習慣であることを強調する次の文言を付け加えた。

「サリーは本を読むと寝つきが良くなることを知り, その後夜中に起きるたびに何度も何度も本を読んだ。ただ, 彼女が夜中に起きてしまう回数はとても多くて, 週に何度が1年を通して続いた。そして, サリーはいつも電気をつけるためにベッドの左側に手を伸ばした 」(なんて悲惨な話だ…)

そして, 重要なのは習慣が変わりうる次のような教示である。

「サリーは大きくなった, 新しいベッドが必要となった。新しいベッドはまだ来ないので, 彼女のおばあちゃんがよく寝ていた客室で寝ることとなった。サリーは案の定, 夜中に目が覚めて本を読みたくなった。ただ, いつもの部屋とは違って, 蛍光灯は右にあった。彼女はベッドの左側に手を伸ばすと思う?それとも右側に手を伸ばすと思う?」

この質問に対して, 「左」と答えれば彼女の習慣を考慮した回答になるし, 「右」と答えれば目標志向的な回答となる。ただ, サリーが蛍光灯がベッドの右側にあることをどの程度認識していたかやサリーがうっかりミスが多い子なのかはわからないので, 上記の当てられた情報からのみ判断するという感じである。また, ストーリーは蛍光灯の位置以外にもいくつか用意されていた。

結果

まず, 状況が変化する前の質問に対して, 特に習慣群では4回目までにかなりの子どもが「ベッドの左」のように一貫した回答をするようになっていた (習慣群1回目53%, 2回目68%, 3回目85%, 4回目87%, 非習慣群1回目52%, 2回目72%)。

次に状況が変化した後の質問 (おばあちゃんが寝ていた部屋に移動)に対しては, 習慣の有無と年齢群との間に交互作用が見られた。具体的に, 習慣群では年齢が上がるとともに習慣的な反応を選択する割合が高くなった (ただし, 約50%くらい) のに対し, 非習慣群ではそうした年齢による変化は見られなかった。

考察

結果を見る限り, 習慣的な反応に重きをおいているというよりも, デフォルトが目標志向的な反応であり, 年齢とともに習慣的な反応を加味できるようになるということだろう。こうした変化が児童期に起こるというのも面白い。やはり習慣を習慣として捉えられられない段階から捉えられる段階に移り変わるということだろうか。ただ, 本文でも指摘しているように, 好みや特性など習慣という側面からだけでは説明できないというのは本研究の弱点である。Gershman et al. (2016) がやっていたように, 習慣的に行なってしまいネガティブな結果を引き起こした場合は情状酌量の余地を設けるなど, モラルの観点を取り入れた研究も可能であろうし, 発展可能性は十分あるだろう。ただ, 心の理論研究を理論的に進めたかといういうとなんともで, その亜種の領域を作ったという感じになるだろうか。広くは, 心の理論を支える知識的な側面とも解釈できそうであるが, もう少し研究が積み重なってからの展開だろうか。


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大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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