児童期における予測を伴う学習と実行機能
Brod, G., Breitwieser, J., Hasselhorn, M., & Bunge, S. A. (2019). Being proven wrong elicits learning in children–But only in those with higher executive function skills. Developmental Science, e12916.
今日は学習と実行機能の関連を検討した研究を簡単に紹介する。
どの発達段階でもそうだが学習者が事前に持っている知識を活性化させることで, 学習が促進されることが知られている (Brod, Werkle‐Bergner, & Shing, 2013)。ただ, この事前知識の活性化を自発的に方略として使用できるかどうかという観点からいうと, 青年期までその発達は続くらしい。
事前知識が活性化されることで何が起きるかというと, 予測とその予測に伴う誤差の解消である。著者たちの成人を対象にした先行研究では, 問題を解く前に予測をさせ(事前知識を活性化させる操作), 結果との違いに驚いたものほどその問題に関する自らの予測を修正することが示されている (Brod, Hasselhorn, & Bunge, 2018)。つまり, 予測を行うことで結果との差分がより明確になり, その差分をもとに元々の予測の精度を上げるという過程を辿っている。これ自体は, 大して新しい話ではない。今日, 紹介する研究ではこうした過程と実行機能が関連するということを検証している点である。予測に伴う学習には先にのべた通り, 「誤差の発見」とそれに伴う「情報の更新」が必要となる。この2つの機能を司る脳部位は異なるけれども, 関連しあいながら発達し, どちらも実行機能において重要な要素である(論文的にはここのロジックがいまいちな気がする)。そこで, この研究では9~12歳を対象に, 予想外の出来事に対しての驚きの反応を示すかどうか(瞳孔反応で検討), それに伴い予測が更新されているかどうかの程度が実行機能の個人差と関連するかどうかを検討した。
対象は, 9-12歳の児童51名(ドイツ)で, 予測条件(答えが出るまでに自らの答えを予測させて答えさせる)と事後条件(答えがでた後に自らの予測を合っていたかどうかを答えさせる)の2つを参加者内で行った。課題は, 地理課題とサッカー課題の2つであった。地理課題では, 子どもたちはヨーロッパの12か国の人口を多い順に並べ, その後に学習フェイズとして予測条件と事後条件がある。予測条件では, 2カ国の国旗が出され, どちらの人数が多いかを回答し, その後に人口数が提示される。事後条件では, 2カ国の国旗が出され, その後に人口数が提示され, どちらが多いか回答する。つまり, 事後条件では間違えることはまずない。学習フェイズ後にもう一度, 人口を多い順に並べるテストを実施する。サッカー課題の方では, 同様の構造であるとしているが測定されているものが異なる。ドイツのブンデスリーグのチームの順位を並べる課題をサッカーに関する事前知識として, 2チームのうちどちらが勝ったかを学習するフェイズを経た後に, テストフェイズでも2チームのうちどちらが勝ったかを質問している。実行機能は, Hearts and flowers taskといって, 画面の左右どちらかに刺激が出て, その刺激に応じてキーを押す課題を行っている。ハートがでた時には出た方の左右キーを押し、花が出た時には反対の方のキーを押し、ハートと花がミックスで出るフェイズもある。
では, 結果に移る。まず, 地理課題については, 予測条件も事後条件もどちらも課題成績は向上し, 条件間に違いはなかった。瞳孔に関しては, 予測条件の方でより拡大反応(驚きでベースラインより大きくなる)がみられたが, 課題成績との関連はなかった。サッカー課題でも同様の傾向が見られた。まず, 予測条件も事後条件もどちらも課題成績は向上し, 条件間に違いはなかった。さらに, 予測した結果と実際の結果が整合していない試行の方が課題成績が低く, 条件間の違いもなかった。こうした傾向は, 事前知識が多いほど強く見られた。ここまでをまとめると, 子どもたちは学習フェイズを通して, 課題の成績の向上には成功しているが, 予測をしているからといってこの傾向がさらに促進されるという結果は得られていない。
そこで, Hearts and flowers taskとの関連を検討している。結果, 抑制成績が高い子どもにおいては, 予測条件でのみ, 予測した結果と一致していない条件での成績の下降が食い止められている(よく学習できている)ことが示された。ただ, 分布を見ても, あまり強い関連には見えないし, 結果も微妙であるが, 確かにそういう傾向は見られている。また, 問題なのは, 同様の分析を地理課題にはやっていないところである。うーん、少しデータの出し方に恣意性を感じてしまった。
まとめると, 事前知識がある状態で, 予測に反するような課題がでた際には事前知識を抑制して予測に反した内容を更新する必要がある。こうしたプロセスの一部を実行機能が担うことが示された。著者たちはさらに科学教育に応用できる可能性にも言及しており, この点は非常に興味深い。この研究の発想自体面白いし, 今後「学習」と「実行機能」の関係を探る研究が注目される流れが来ると思う。実際のところ, 予測に反する出来事から学習することが実行機能の発達を促進しているという関係もあり得るだろうし, 研究はこれからというところだろう。ただこの研究は穴が多く, 改善の余地がかなりありそうである。
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