発達心理学におけるサンプリングバイアス
Nielsen, M., Haun, D., Kärtner, J., & Legare, C. H. (2017). The persistent sampling bias in developmental psychology: A call to action. Journal of Experimental Child Psychology, 162, 31-38.
最近, 文化比較研究を実施していることもあり, 今日は2年前に出版された論文をもとに発達心理学研究におけるサンプリングバイアスについて考えてみることにしたい。
皆が薄々感づいていることかもしれないが, やはり日本国外の方が研究が進んでいる。よく輸入型の研究というが, 海外ではじまった研究が日本でも盛んにやられ始め, 国内でも研究の拠点ができることがある。この拠点がもともと輸入した研究の発展に貢献することが一番望ましい形であるが, 言うは易し行うは難しである。こうした現状は, 日本以外でも起きていることが上記の論文でも指摘されている。この論文では, WEIRD (Western, educated, industrial, rich, and democratic)とNon-WEIRDという区分をしている。 WEIRDとは「西洋の」,「教育を受けた」,「工業化した」,「豊かな」,「民主的な」の頭文字である。発達心理学の知見においても, WEIRDとNon-WEIRDで大きな違いがあることがかなり前から指摘されている。親の子供への関わり方, 心の理論, 実行機能, 子どもが親以外の養育者や友達と関わる時間などあげてゆけばキリがない。違いがあるということがわかると, その背後には共通した部分もあるということもわかる。つまり, 文化という「ある環境下で繰り返される経験の総体」により形成されたものが何で, その背後には人間全般に共通する発達メカニズムが想定されるということになる。
このようにWEIRDとNon-WEIRDの違いは, 重要であることが指摘されているにも関わらず, WEIRDが主流であることは否めない。著者たちが2006年から2010年の"Child Development", "Developmental Science", "Developmental Psychology"に掲載された論文のうち参加児がどこの国出身をかを調べると, WEIRDが約90% (アメリカ: 57.6%, イギリス・オーストラリア・ニュージーランド・カナダ (英語母語):17.9%, ヨーロッパ諸国(英語が母語ではない): 14.9%), Non-WEIRDが約7% (アフリカ:0.6%, 中央・南アメリカ:0.7%, アジア:4.4%, イスラエル・中東1%)という内訳らしい。ほぼ WEIRDの参加児による知見であふれているということになる。また, 参加者だけでなく第1著者の所属内訳でいうと, 61%がアメリカ, 20%が英語圏の国々,15%は英語が母語ではないヨーロッパ諸国, 4%がアジアとイスラエル, 中央・南アメリカは2報だけで, 中東とアフリカは0らしい。ここだけを見てもすごい偏りである。こうした指摘はすでにArnett (2008)やHenrich et al. (2010) でもなされている。そこで, これらの論文が出版されて以降, 大きな変化があったかを2008年と2015年に出版された論文を比較する形でも検討している。すると, 先の割合からほとんど変化がないことが示された。
こうした現状を起こしている要因は様々ある。まず, WEIRD圏の研究者たちは文化比較をしたい場合でない限り, Non-WEIRD圏の子どもたちを対象に研究はしない。また, 英語で出版することが高いハードルになっている。"Child Development"など発達心理学で影響力がある雑誌に論文を掲載するためには, 大学において高水準の研究を実施する科学教育を受ける必要が出てくる。また, 研究費の問題も相当に根深い。こうした様々な要因をクリアしない限りは抜本的な改革は難しいのだろう。
そこで, 著者たちがあげている地道な対策としては, a) Non-WEIRDの参加児を特徴を検証する研究の出版を推奨すること, b) Non-WEIRDの参加児を対象とした追試的研究の出版を推奨すること, c) 理論的に価値のある形で比較文化研究を行うこと の3点をあげている。
では, 日本の場合はどうだろうか。日本でネックになるのは, やはり英語であろう。英語論文は自分で書いていても, いまだにちゃんと書けているかどうかは分からないし, 日本人にとっては永遠の課題であろう。大学での科学教育についても, 十分な素地を身につけてくれるところが多いように思う。研究費は各人の申請次第であるが, 発達心理学の場合, 高額な機器などを購入する必要は多くないため, ある程度の額でやりくりすることは可能である。つまり, 日本は各人の条件さえ整えば, 日本の子どもたちのことを十分に発信してゆける立場にある(少し乱暴な議論だったらすみません)。その際に, 注目に値するのは, 日本でも追試的研究を十分に行う価値があるということである。追試ができなかった場合には, 手続きなどが間違っていないかを確認したうえで, 新たな仮説を立てて研究を進めることができる。こうした研究は, a)のNon-WEIRDの参加児を特徴を検証する研究にもつながるし, 機会があればc)の比較文化研究にもつながる。追試ができた場合は, その旨を報告すれば良い。
当然ながら, 自分の関心のあることをオリジナルのパラダイムで国外に発信して, 国外の研究者がその潮流にのってくるという正統派の研究の進め方もあるだろう。本人の努力次第かもしれないが, 余程目立たない限り, そうした潮流を作ることは難しいように思える。そうした場合は, 日本がNon-WEIRDであることのメリットを生かして, 追試から始めてみるのはありだと思う。また, そうした試みを寛容にとらえる周りの支えも必要となってくるだろう。
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