イベントの切り出し
Levine, D., Buchsbaum, D., Hirsh‐Pasek, K., & Golinkoff, R. M. (2019). Finding events in a continuous world: A developmental account. Developmental Psychobiology, 61(3), 376-389.
出来事には始まりと終わりがある。自己や他者の行動だけでなく, 映画の流れの中にも一まとまりがあり, その部分を切り出すことをイベントの切り出し(Event Segmentation)と呼んで研究が進められている。イベントの切り出しは, 私たちの周りで何が起きているか理解したり (Zacks, Tversky, & Iyer, 2001),それを記憶したり (Flores, Bailey, Eisenberg, & Zacks, 2017; Sargent et al., 2013; Swallow, Zacks, & Abrams, 2009; Zacks, Speer, Vettel, & Jacoby, 2006), 次に何が起こるか予定を立てたり (Bailey, Kurby, Giovannetti, & Zacks, 2013) するのに役立つことが明らかとなっている。
しかし, 子どもを対象にしたイベントの切り出し研究は近年始まったばかりである。そこで, 今日紹介するレビュー論文では, 成人で蓄積されてきた研究の蓄積を網羅し, 子どもを対象とした研究の今後の方向性を決めることを目的としている。
成人は, イベントの切り出しを行う際に単位を粗く(映画館に行く)も細かく(チケットを買う)もできることが示されている。こうした認知過程は無意識かつ自動的であるらしい。また, イベントの切り出し時には, 海馬が重要な働きを担うという知見もある。そして, イベントの切り出しにおいて重要なのは, 予測である。大まかには, 予測のつく範囲がイベントの切り出される範囲といえる。子どもが滑り台の階段を登り始めてから登り終わるまで大体どういうことをするのか予想はつくが, そのあとは何をするのか大抵は予想がつかない。そのため, この場合は子どもが滑り台を滑るというところが1まとまりのイベントとなる。
では, 何に基づいて予測しているのかという点であるが, 論文中では「行為の規則性」と「行為者の目標」が挙げられている。行為の規則性というのは, ある行為から別の行為への遷移率が100パーセントなのか(Aの後は必ずB)、33%なのか(Aの後は3分の1の確率でB)で予測可能性を判断するというものである。当然, 遷移率が100%のところはまとまりとなり, 逆に33%のところを境に切り出しが行われるようになる (Baldwin, Andersson, Saffran, & Meyer, 2008)。こうした行為のまとまりの統計的学習の知見は, eye-trackingを用いても検討されている (Monroy, Gerson, & Hunnius, 2018)。 乳幼児を対象とした研究知見もある。先行研究では, 7~9ヶ月頃から行為の規則性をもとにイベントの切り出しをできることが報告されている (Roseberry et al., 2011; Stahl, Romberg, Roseberry, Golinkoff, & Hirsh‐Pasek, 2014)。方法は成人と同じであり, 指標としては注視時間を用いている。さらに, こうしたイベントの切り出しの背後には予測が行われていることを示した研究も存在する(Monroy, Gerson, & Hunnius, 2017)。 興味深いのは, こうした予測に関する知見は行為者ありの目標志向的な行為系列でないと成立しないという点である。行為者なしの行為において, 行為の規則性は発見されるが, それに対して予測はなされないということである。つまり, 成人とは異なり, 「他者の」行為に目標を帰属しないと予測はなされないというパターンが示されている。
次に, 行為者の目標であるが, 言葉通りで, イベントの切り出しを行う際に行為者の持っているであろう目標をもとに, 行為のまとまりを抽出することを指す (Zacks et al., 2010)。行為者の動きの情報は, 行為者の目標とある程度関連があることも指摘されているが, 完全に一致しないこともまた示されている (Buchsbaum, Canini, & Griffiths, 2011)。そのため, 行為者の目標というのはかなり有力な情報であることに違いない。また, 成人では, この行為の規則性と行為者の目標は, どちらか一方のみが使われるわけではないということも指摘されている。 先と同様に乳幼児を対象とした知見も紹介する。他者の目標志向的行動の予測は, 6ヶ月頃にはすでに成立していることが示されている (Cannon & Woodward, 2012; Kim & Song, 2015)。予測とは, 行為者が目標に到達する前に, 子どもが目標に対して予期的注視をしているということに相当する。ただし, ここでいう目標はモノに当たることは忘れてはならない。興味深いのは, こうした目標に基づく予測についても, 行為者がいる場合にのみしかなされない点である (Adam et al., 2017)。また, 他者の行為の予測が子ども自身の行為の遂行と関連するという知見も積み上げられきている (Ambrosini et al., 2013; Filippi & Woodward, 2016; Kanakogi & Itakura, 2011; Monroy, Gerson, & Hunnius, 2017; Sommerville, Woodward, & Needham, 2005; van Elk, van Schie, Hunnius, Vesper, & Bekkering, 2008; but see Gampe, Keitel, & Daum, 2015)。これらの知見については, またどこかで取り上げたい。
これまで紹介してきた知見を踏まえて, 他の認知発達過程にどのように関連しているのかを紹介する。特に, ここでは記憶, 社会的コンピテンス, 言語の獲得との関連が取り上げられてる。 まず, 記憶については, 遅延模倣研究が密接に関連している。たとえば, よく経験する行為系列とそうでない行為系列を比べて, その遅延模倣の再生成績を比較する研究が行われている (Loucks & Meltzoff, 2013; Loucks, Mutschler, & Meltzoff, 2017)。3歳を対象にしたこの研究では, 子どもが行為系列を目標の階層性に従って切り出して, 記憶として残していることを示している。さらに, もう少し直接的な証拠として, 3, 4歳を対象としてイベントの切り出しを直接検討した研究もある (Meyer, Baldwin, et al., 2011)。この研究では, 動画をスライドショーにして, 子どもがフリックするスピード(1つの画面に停留する時間)を指標にしている。その結果, イベントの記憶成績の良い子どもは, 小さなイベントではなく, 大まかなイベントの切り出しを行っていることが示されている。この研究については要チェックである。 次に, 社会的コンピテンスである。15ヶ月児では, 他者の行動を素早く予測できることと他者視点取得課題の成績が関連することが示されている (Krogh‐Jespersen et al., 2015)。類似の知見は, 2歳半で協力課題を用いて示されている (Meyer, Bekkering, Haartsen, Stapel, & Hunnius, 2015)。さらに, 自閉症との関連も考察している。先の行為者の目標に従って, 行為を予測することが2歳の自閉症児ではまだ難しいらしい (Krogh‐Jespersen et al., 2018)。また, 先のイベント切り出し課題の成績と心の理論課題との関連を検討している研究もあり, 心の理論課題の前段階として目標に基づいてイベントを切り出す能力が位置づく可能性を指摘している (Zalla et al., 2013)。 最後に言語との関連である。ある研究では, イベントの結果が予期に反するかどうかに対する生理的反応と言語獲得の関連を検討している。そして, 予想外の結果に対して 事象関連電位(N400)が反応した子どもは語彙のサイズが大きいことが示されている(Kaduk et al., 2016)。さらに, このレビュー論文の著者らの研究だが, 3歳児を対象にイベントの切り出し能力と語彙知識の関連も検討されている。イベントの切り出し能力は行為の規則性に基づくパラダイムで測定したところ, この能力が語彙知識を説明するとの結果が得られている。
非常にまとまったレビューであり, 勉強になったと同時に幼児期の研究がかなり少なめであるように感じた。かなり早期からイベントの切り出し能力が発達しているという知見がある一方, それがどのように発達してゆくのかはこれからの検討課題だろうか。いずれはこの領域でも研究を出来たらなと思うが, いつになることやら…
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