他者の存在が出来事記憶へ及ぼす影響
Howard, L. H., Riggins, T., & Woodward, A. L. (2019). Learning from others: The effects of agency on event memory in young children. Child Development.
模倣課題において, 多くは他者がある行為の連続をしている場面を見て少し遅延をおいた後に, 子どもがその行為を模倣するという手続きをとる。こうした手続きでは, 他者がいるということが当たり前になっているが, この他者の存在が模倣成績に与える影響をこの論文では検討している。
この論文では, 他者の意図的な行動または目標志向的な行動だからこそ, 子どもはその行動を符号化し, 記憶できるのではないかという可能性を提案している。前回の記事でも触れたが, 乳児期から「他者の」行動の背後にある統計的なパターンを抜き出すことが可能であることは知られている (Monroy, Gerson, & Hunnius, 2017)。また, 3歳児を対象とした研究では, 階層的な目標構造をもとに他者の行為を符号化し記憶していることも示唆されている (Loucks et al., 2017)。そして, 4・5歳になると, そうした他者の目標志向的な行為(特によく経験している)を言語化することも示されている。
しかし, 上記の研究では, 他者の存在が記憶に及ぼす効果を直接取り扱ったような研究をしているわけではない。近しい研究として, “ghost condition” (映像から人の存在を消して, 実際のものと行為のみが映される条件) を設けたものもあるが (Hopper, Flynn, Wood, & Whiten, 2010), イベントとしてかなり不思議なものになってしまうので, 記憶に鮮明に残ってしまうことから今回は連続して画像を提示する方法を採用している。
実験自体はシンプルだが, 4つ行っていてさすがChild Developmentという印象。実験1では, 54名を人あり条件, 人なし条件, ベースライン条件の3つに分けている (なぜこのサンプル数にしたのかは書かれていない)。刺激として, うさぎの顔を作る福笑いみたいなものを使用している。人あり条件では, “Look, this is Sally! I wonder what Sally is going to make!” といってから1枚の写真につき5秒間提示し, “Sally puts this piece . . .”というように主語をつけて行為を説明する。一方, 人なし条件では, うさぎの顔がどんどんと出来上がっていく画像を見せており, “Look at these things! I wonder what these things are going to make!”と教示し,「Sallyが」という人物への言及をしない。ベースライン条件は, このうさぎの顔が出来上がっていく画像を見ない。この後, 10分ほど遅延をおいて, “What do you think you can make with these?” と子どもに質問し, うさぎの顔を自由に作ってもらう。
結果は予想通り, 人あり条件では再生される行為数が人なし条件よりも多く, 人なし条件はベースラインよりもよく再生されていた。
しかし, 人がいるから画像への全体的な注意が増加した, または特定の行為への部分的注意が増加したため、記憶成績が向上した可能性がある。そこで, 実験2aでは, 実験1と同様の課題に加えて, アイトラッカーを用いて視線情報をもとに, 注意が記憶成績に及ぼす影響について検討している。33名を人あり条件、人なし条件に分けたところ, 記憶成績については実験1の結果が再現され, 人あり条件では再生される行為数が人なし条件よりも多かった。視線については, 全体的な注意が条件間で変わらず, 人なし条件ではやはり特定の行為以外のものを見ている割合が高かった。しかし, そうした条件間の割合の違いと記憶成績との相関は有意ではなかった。よって, 注意という観点から今回の結果を説明することは難しい。
さらに, 「Sallyが」という人物への言及をすることが, 言語的な手がかりとなり記憶成績が高くなった可能性がある。そのため, 実験2bでは 「Sallyが」という人物への言及をせずに, 人あり条件(写真のみ)を実施した。すると, 言語情報ありの人あり条件と成績は変わらず, 注意の分散(アイトラッカーにより測定)も類似の結果となった。よって, 言語的な手がかりが記憶の促進を引き起こしたわけではないことも示された。最後に, EEGを使った実験も実施しているが, 少し長くなるので割愛する。
こうした結果の解釈として, 筆者たちは他者という存在を含めることで目の前で展開される行為系列が「目標志向的」だと処理され, 子どもの記憶痕跡に残りやすかったと考えている (目標志向的であることがなぜ記憶痕跡として残りやすいのかのメカニズムはよくわからないが)。おそらく, 目標志向的でない行為系列についても検討すると, より説得力を増したのであろうと思うが, 今後筆者たちのグループがやるかもしれない。また, 系列のうちどの部分の成績が悪かったとかよかったという情報から何かヒントは得られないだろうか。
いずれにせよ, シンプルな結果ではあるが, 応用範囲も広くすごく良い研究だと思った。1つの論文でも色々な方法でシンプルな結果の頑健性を高めていくというスタイルは, 難しいけれども真似をしてゆきたいところだ。
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