相対的貧困について(追記)

平井美佳, 神前裕子, 長谷川麻衣, & 高橋惠子. (2015). 乳幼児にとって必須な養育環境とは何か: 市民の素朴信念. 発達心理学研究, 26, 56-69.


前回の記事で上記の調査結果を書き忘れていたので、追記しておく。この調査では、先の記事の社会的必需品の関する尺度の日本バージョンを幼児に絞って作成し、各項目について「ぜひ必要である」と回答する人が 50% を超えるか否かについて検討している。

1つ目の調査では、様々な項目に対して「あなたのお子さんにとって、次の各項目はどの程度あてはまりますか」と問い、4 段階(あてはまる、まああてはまる、あまりあてはまらない、あてはまらない)で回答を求めている。データとして用いているのは、二人親家庭の母親で回答に不備がない 484 名(幼稚園 176 名、保育園 101 名、保育室 207 名)を対象にしている。主観的経済状態を測定しているものの、46.5%が「経済的にゆとりはないが困ってはいない」と答えていることから、調査協力者は比較的高い社会経済的地位の人々であると予想される。その点には留意しておきたい。結果は下の表を見てもらうとわかるので省略する。

調査2では、一般の市民が「現在の日本の乳幼児が健康に育つために必要である」と考える養育環境についての素朴信念を検討している。その際に、未就学児の親、一般市民、そして未就学児のひとり親という 3 種類 の人々を対象に調査を実施している。

まず、未就学の子どもを持つ親(年収400~600 万円 が 39.8%の集団)では上記の40項目中19項目においてのみ50%以上の人が「ぜひ必要である」と回答した。割合が高かったもので、「子どもの生活費を稼ぐ人がいる」が70.2%、60% 以上の人が「ぜひ必要で ある」とした項目は,「自分の家にトイレがある」(62.6%)、「 夜間に面倒をみる大人がいる 」(61.4%)、「子どもの話を聞く大人がいる」(60.0%)であった。年収の違いも検討しており、年収が400万未満と回答した群において「家では一緒に食事をする大人がいる」と「本の読み聞かせをする大人がいる」については他の年収群に比べると、合意した人数が少なかった。

次に、子どもを持つかどうかに関わらず20台〜60台の方1000名に同様の調査を行なった。すると、上記の40項目中9項目においてのみ50%以上の人が「ぜひ必要である」と回答した (具体的には下の表)。

最後に、未就学の子どもを持つひとり親を対象に同様の調査を行なった。すると、上記の40項目中30項目において50%以上の人が「ぜひ必要である」と回答した。残りの10項目は、「毎日、肌着や下着をとりかえる」「食事の前に手を洗う(または、手をふく)」、「具合が悪くなったら、医者にかかる」、「ぬいぐるみや人形(フィギュアを含む)がある」「子ども用 の本が 10 冊はある」、「積み木やブロックがある」、「絵を描く道具(クレヨン、色鉛筆など)がある」、「近所に声をかけてくれる大人がいる」、「週に1 度は、大人と外出 (散歩や買い物など)する」、「年に 2 回は、大人と行楽地 (動物園、遊園地など)にいく」であった。

これらの結果より明らかとなったことについてまとめる。まず、調査1より養育環境に関する40項目のうちほとんどを「我が子」にとってあてはまると回答しているにも関わらず、「現在の日本の乳幼児が健康に育つために必要であるか」と聞かれて「ぜひ必要である」と答える項目はかなり少ないことがわかる。そのため、われわれが持つ素朴信念と自分の子どもにしていることにはかなりの乖離がある。ただし、ぜひ必要と合意する傾向が高い方たちもおり、その要素として「女性であること」、「子どもがいること」、「20~40 代のより若い年代であること」、「一人親であること」などが明らかになっている。項目ごとの分析として、発達心理学では重要視されている「玩具と絵本」などの子ども特有の環境の豊かさについての項目、出費が必要ではあるが子どもや家族の QOL を高めるであろう「外 出・旅行」の項目は「ぜひ必要である」としていなかった。しかし、未就学児を持つふたり親の家庭を調査では8割強が上記の項目を我が子に当てはめていた。

上記の乖離はなぜ生まれるのだろうか。1つは「ぜひ」という最大級の回答をしづらかったということが挙げられる。しかし、未就学の子どもを持つひとり親を対象にした調査では75%の項目でぜひ必要が50%を超えていた(人数は少ないが)という結果は説明することは難しい。1つの可能性として、自分の家庭以外をどのように思っているかである。自分の家庭では子どもに対して色々している方だという認識のもと「ぜひ必要」としてしまうと、その項目をしていない人を「必要なことをしていない人」という風にラベルづけしてしまうことになる。一方、自分の家庭では子どもに対してもっと色々してあげられるなという認識のもとでは「ぜひ必要」と答えやすい可能性もある。つまり、必要か必要でないかは価値の問題を含んでおり、非常に扱いづらく、今回の結果をそのまま受け取るのは危険かもしれない。調査の工夫としてもっとストレートに、80%以上の人がこの項目について普段からしているかどうかというような質問の仕方の方が答えやすいかもしれない。

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大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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