満足遅延課題が予測するもの

 Doebel, S., Michaelson, L. E., & Munakata, Y. (In press). Good things come to those who wait: Delaying gratification likely does matter for later achievement. Commentary on Watts, Duncan, & Quan: ‘Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes’. Psychological Science.

   1970年頃, スタンフォード大学ではのちに世界を驚かす実験が行われた。実験室で, 美味しそうなマシュマロを目の前にした子どもは, 実験者から次のように伝えられた。「このマシュマロを今すぐ食べてもいいし, 私がもう1つとってくるまで待っていたら, 2つマシュマロを食べられるよ」。実験者が部屋を出て行った後, 残された子どもは1人で手の届くところにあるマシュマロからの誘惑と戦わなければならない。結果, 幼児では全体の4分の1程度しか最後まで待つことができなかった (Mischel & Ebbesen, 1970)。この満足遅延課題では, 短期的な報酬を得たいという衝動的な欲求を制御し, 長期的な報酬を優先して待つことに必要な自己制御能力が測定されている。この幼児期の自己制御能力が将来の学力, 健康状態, 経済状態, 犯罪歴などを予測するという驚くべき結果が示されたことから (e.g., Casey et al., 2011; Mischel, 2014; Shoda, Mischel, & Peake, 1990), 幼児期における自己制御能力への介入研究は数多くなされている。

 近年, Watts, Duncan, and Quan (2018)が満足遅延課題とその予後の関係について, 膨大なサンプルを用いた追試を行なった。Wattsらは満足遅延課題と将来の学力や行動傾向の間の関係を探るうえで, 両者に関わる家庭環境と認知能力を共変量としている。彼女らは, 満足遅延課題の成績を促進し, かつ介入の影響を受けなさそうな要素 (家庭環境, 認知能力) がのちの学力などを予測しているのではないかと考え,  これらの共変量をモデルに投入した。結果, 満足遅延課題の成績が学力を予測するという知見の効果量はとても小さいことが示された。

 しかし, Wattsらが共変量とした家庭環境と認知能力は, どちらも満足遅延課題の成績の個人差に大きく影響を与える変数である。Wattsらは, 認知能力として実行機能を統制しているものの, 理論的には実行機能自体が満足遅延課題に影響を与える可能性は大いにある。また, 言語能力を統制しているが, 言語能力は実行機能と関連することは多くの研究が示されている。同時に, 家庭環境など子どもを取り巻く社会生活が満足遅延課題の成績に影響を与えることがMunakata教授らのグループの研究で明らかとなっている。たとえば, マシュマロを持ってくると約束した人が信用できるかそうでないかが, 満足遅延課題の成績に密接に関わる (Michaelson & Munakata, 2016) などの知見である。他にも, 親の教育の仕方が満足遅延課題の成績に影響を与えることも言われている。

 長々と書いたが, この論文ではWattsらが統制した上記の変数は満足遅延課題の成績の個人差を説明するため, これらを統制すると結果的に満足遅延課題によって説明される学力の分散も説明されてしまう可能性があることを主張している。もっと言えば, 満足遅延課題の成績というのは予想以上に多くの変数の影響を受けており, そうした要素を総合して満足遅延課題で測定された変数が学力を予測するという結果とも言える。

 おそらく, 今後は満足遅延課題で何が測定されているのかを細かく検討することで, どのような要素が将来のあれやこれやを予測するのかを特定してゆく作業が必要となろう。

Yanaoka's research page

大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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