子どもの日常場面

Dahl, A., & Turiel, E. (2019). Using naturalistic recordings to study children's social perceptions and evaluations. Developmental psychology.

子どもが「日常場面という文脈で」他者の振る舞いをどのように認識しているのかを検討することは非常に難しい。実験的に引き起こすこと, どうしても統制された形になってしまう。特に, この研究では子どもの道徳や社会的規範の発達に焦点を当てている。

従来は, 架空のお話を聞かせて子どもにどう思うか聞くか、子どもの日常場面を観察する方法により子どもの道徳や社会的規範の発達を検討してきた。一方, この研究では日常場面のビデオを子どもに見せて、子どもがどのように認識しているのかをインタビューする形式をとっている。この方法論はこの領域だと斬新なようである。特に, 相手を傷つけてしまうような場面 (例:他者を叩く) と散らかしてしまう場面の2つのネガティブイベントに焦点を当てた。統制条件として, 子どもが2人で遊んでいるポジティブイベントを見せた。

この研究では3~6歳児を対象としているが、予測としては5~6歳児では3~4歳児に比べて、その場面の中で注目されるべき行動を素早く認識し、そこに意図を帰属でき、次にする行動なども適切に答えることができると予想した。

実際に4つの幼稚園で撮影した50時間のビデオから該当の場面を180個選び出している。この作業だけでも気が遠くなりそう…そこからいくつかの選択基準を経て, 子どもが実際に見るのは9個のビデオクリップである。実験者は子どもがビデオクリップビデオクリップをみた後に、「何がおきてた?」「この子はなぜそんなことをしたのかな?」「どう思った?」「〜するのはいいことかな?(ダメな場合はなぜダメなの?)」「この子は次にどんなことをすると思う?」「先生は次にどんなことをすると思う?」と質問をし続ける。

結果自体は目新しいというわけではない。

まず5~6歳児は3~4歳児よりも各場面を正確に区別し, 言語化することができていた。相手を傷つけてしまうような場面では, 5~6歳児は特に傷つけた側の人に攻撃するという意図を帰属させ, 傷つけられた人は悲しい気持ちになり, 傷つけた人は謝るべきであり, 先生が介入すべきであると言語報告した。

散らかしてしまう場面について, 子どもは他の場面と区別しており, だめであることやそれに対して何らかの理由づけをしている。しかし, 散らかすことをだめな理由として, 社会的なルールや先生が言ったからなどの権威に触れる子どもはほとんどいなかった。また,  5~6歳児は散らかした人は片付けるべきであると言語報告した。

日常場面の中では場面が目まぐるしく変わり, 心情も説明されることがない。こういった状況では, 5~6歳児と3~4歳児では道徳や社会的規範の理解に差があるということを主張したいようである。確かに, 3~4歳児でこういった道徳や社会的規範は一定の発達に至ることが報告されているため, 新しい方法を導入することはそれなりに意味があるかもしれない。単なる行動観察より内面に迫ることができるし, 想定法よりはリアルに近づいている。しかし, この方法だと言語回答の能力に差があることが与える影響は排除できない。この点が今後の課題ということだろうか。


Yanaoka's research page

大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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