算数とワーキングメモリ

Krajewski, K., & Schneider, W. (2009). Exploring the impact of phonological awareness, visual-spatial working memory, and preschool quantity-number competencies on mathematics achievement in elementary school: Findings from a 3-year longitudinal study. Journal of Experimental Child Psychology, 103, 516-531.


 今日は, ワーキングメモリの発達と算数との関係に関する研究を紹介する。紹介する研究では, 算数の発達モデルを想定しており, 音韻意識と視空間ワーキングメモリの発達がそれぞれどの段階に関連するのかを検討している。

 ここでいう音韻意識(Phonological awareness)とは, 言語系列を区分し, 区分したものを操作する能力である。この研究では, 音素の系列を聞いて対応する絵を選択する課題や4つの単語を聞いてリズムが異なる単語のみを選択する課題などである。一方, 視空間ワーキングメモリは, マトリックス課題(4つのブロックで同じ模倣を構成する課題)やCorsi block task(いわゆる積み木叩き課題)で測定している。先行研究では, 音韻意識も視空間ワーキングメモリも予後の算数の成績に影響を与えることが先行研究では示されている。この研究では, この算数の成績に段階を設けることを試みている。

 1つ目の段階は, 量の違いがわかるということを仮定している。この背景には, 多い, 少ない, 同じなど量を表す言葉の獲得があるらしい。また, 数字の系列を1から順番に言えるなども関係がある。しかし, この段階では量と数字は一致していない。そのため, 筆者たちは言語とより関係のある音韻意識とこの第一段階の強い関連性を想定している。この研究では, 1からどれくらい数をいうことができるか, 5から遡ることができるか, 5と9と18の次の数を答える, 3と8と12の前の数を答えるという課題を実施している。また, 1~20までの数字の読みを答える課題を実施している。

 2つ目の段階は, 量と数字の対応関係である。はじめに, 数字と量との間に曖昧ではあるものの, 関連性がわかるようになる。3歳ころにはすでに2=ちょっと, 20=多い, 100=すごく多いと対応づけることができる。しかし, この段階では20と22はどちらも多いということになり, 区別をつけることができない。そのため, 次の段階として想定されるのは数字と量には1対1の関係があるということである。たとえば, おはじきの数の通りに数字を並び替えたりすることができる。先行研究によると, これも3~4歳ころが転換点ということらしい。この研究では, 同じ長さだけれども異なる数の人形を並べ, どちらが多いかを尋ねる, 列をくずした際に数が変わらないという保存の法則の理解などを調べている。また, 5と3, 4と6など数字だけでどちらが多いかを答える数字比較課題や数字をおはじきの数だけ並べる課題などを実施している。

3つ目の段階は, 量における部分と全体の関係を理解である。数字の分解がその良い例である。他には, ある数字とある数字の間に別の数字を見つけたりすることできるようになる。筆者たちは, この2つ目の段階と3つ目の段階に視空間ワーキングメモリが関係することを予想している。この研究では, 文章題を課題として用いている(あなたは6個ビー玉を持っていて, 私は4つ持っています。私があなたと同じ数だけビー玉を持つためにはあといくつ必要ですか)。

 結果は, 音韻意識と視空間ワーキングメモリと算数の発達段階との相関はかなり高めである。この相関自体, 月齢をどう統制しているのかわからないため参考程度という感じだろうか。メインは, 共構造分散分析を用いた分析で, 細かい数字などは原著を参考にしていただきたいが, おおまかには下図のような関係である。

 この結果自体, 非常に興味深い。筆者たちは音韻意識が言語と関係するため, 第1段階とのみ関係すると考察しているものの, 私自身は音韻意識に関わるもうすこしジェネラルな能力が算数の第1段階にも影響しているように思う。たとえば, 系列を分節化したり操作したりする能力は確実に系列と関係してくる。音韻意識→言語→言語を使う算数の段階のみに関わるというロジックはすこし短絡的な感じはする。また, 視空間スケッチパッドがなぜ第1段階を説明しないのか, そして算数の発達モデル自体で想定されている年齢が実際課題を実施年齢とは異なる点が気にかかる。

 どちらにしても, 教育実践的には算数ドリルをごりごりやらせる指導に対するアンチテーゼを与える研究であることには違いないように思う。

Yanaoka's research page

大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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