想起に関わる神経活性パターンの発達差

Brod, G., Lindenberger, U., & Shing, Y. L. (2017). Neural activation patterns during retrieval of schema‐related memories: Differences and commonalities between children and adults. Developmental science, 20(6), e12475.

記憶の般化と統合は日常生活にとってはとても重要な機能である。なぜなら, 日常生活では似ているようだが異なる場面に接する機会が多いからである。そういった場面では, 先行経験により形成されたスキーマを汎用しながら, 新しい箇所を記憶に残し, あらたにスキーマを更新してゆく必要がある。このスキーマに関連する記憶処理には, 内側前頭前野(mPFC)と海馬(Hippocampus)の働きが重要となることがわかっている。具体的に, 内側前頭前野は新しい経験と既存のスキーマのオーバーラップを見つけ, オーバーラップが多い時には, 海馬内のスキーマに関連する記憶を活性化するという働きが想定されている(Preston & Eichenbaum, 2013; van Kesteren, Ruiter, Fernandez & Henson, 2012)。

しかし, スキーマと新たな経験が一致しない場合も多くある。この著者はサッカーが好きなようで, いつもサッカーの例だが, 1部リーグのサッカーチームが親善試合で2部リーグのチームに負けることを例にあげている。著者らの先行研究では, こうしたスキーマに一致しない出来事を想起する際には, 一致する出来事を想起する場合と違って, 背外側前頭前野(DLPFC)が活性することが示されている(Brod, Lindenberger, Werkle-Bergner & Shing, 2015)。また背外側前頭前野は, 線条体とも繋がりがあることも示されている。解釈としては, スキーマに関連する情報を抑制する必要があるからということらしい。これらの知見はすべて成人を対象にしたものであるが, 本研究では子どもを対象にしても, こうした知見が当てはまるのかを検討している。

前頭前野と海馬に関する発達的知見についても本研究では少し触れられている。詳述はしないが, 前頭前野については青年期まで発達が続くという知見が一貫して示されているのに対して, 海馬についてはどの時期に急激に発達するかという知見が一貫していないようである。本研究では, 前頭前野の中でもBrod et al. (2015) が示したように外側前頭前野と内側前頭前野の果たす役割の違いについても検討する。

[方法] 8~12歳の児童31名と成人26名を対象にfMRI実験を実施している。以下に, 実際使用した課題について説明する。実験は2日に分けて行われている。1日目には, 競争をするという場面設定で, 新奇な物体を提示し, どちらが速いかを試行錯誤学習してゆく。第1フェーズでは12の新奇物の順位が上位, 中位, 下位か90%の正答率に達するまで学習する。このフェーズを3セットほど繰り返す(かなりハード…)。次の第2フェーズでは, 今までの学習した36の新奇物が登場し, どちらの方が速かったかを予想してゆく。その際に, 半数は学習した通りの結果であるが (スキーマと一致), 半数は学習した結果とは異なる (スキーマと不一致)。そして, この結果も90%以上、予想できるようになるまで学習をする。これらの学習課題では90%を超えるために何試行要したかが指標となる。 2日目には, 上記の記憶課題をもう一度正答率が90%になるまで実施する。その後, fMRIに入って, 再び課題を行う。そこでは, まず新奇物のペアを出してどちらが速いか予想してもらい, その予想があっていたかどうかを参加者にキー押しで伝えてもらう(予想通りかそうでないかが指標)。最後に, また新奇物のペアを出して, どちらが速いかをキー押しで答えてもらう(正答率)。最後の2つの課題では, 参加者が回答にどれだけ自信があるかも答えた。かなりハードで複雑な課題である。

[行動指標の結果] まず, 児童の場合は第1フェーズで90%に至るために平均で3ブロック要し, 第2フェーズでは平均で2ブロック必要であった。一方, 大人の場合は第1フェーズは平均2.6ブロックを要し, 第2フェーズでは平均1.3ブロックであった。第2フェーズの方は有意な差が見られている。ただし, 2日目では児童は1.1ブロック, 成人では1.3ブロックとほとんど差はなかった。1日目の第2フェーズと2日目のfMRIに入る前の課題は同じなので, ここはそれほど驚く結果ではないだろう。2日目については, 予想する課題では大きな発達差はなく, 最後の記憶課題の成績についても有意な発達差はなかった。ただし, 記憶課題についてはスキーマの一致する試行が一致しない試行よりも正答率が良かった。この結果より, 最終的には成人も児童も同じくらいこの課題に習熟しているということが示唆されている。

[fMRIの結果] まずスキーマと一致する試行で検索に成功する際に, 成人は児童よりも内側前頭前野がより強く活性しており, 海馬の活性には違いは見られなかった。児童でも記憶成績を統制すると, 月齢と内側前頭前野の間に関連が見られた。次にスキーマと一致しない試行で検索に成功する際には, 児童は成人よりも右の海馬が活性していた。しかし, 外側前頭前野はどちらも活性しており, その発達差は見られなかった。次に, 脳の各部位の活性を従属変数として, 検索 (成功, 失敗), 年齢 (成人と児童), 試行の種類 (スキーマと一致するかしないか) の3つの交互作用を検討している。まず, 内側前頭前野については3次の交互作用は有意であったものの, 検索 (成功, 失敗)と試行の種類 (スキーマと一致するかしないか) の交互作用は成人と児童で有意でなかった。一方, 左海馬についても3次の交互作用が有意であり, 成人ではスキーマと一致する試行で検索に成功する場合のみ活性することが示された。一方, 児童の場合はスキーマと一致するしないという試行の種類に関わらず, 海馬が活性していた。最後に, 成人においてのみ, スキーマと一致しない試行で線条体と外側前頭前野に繋がりが見られた。

[考察] 重要なこととして, スキーマと一致する試行で記憶検索する際に重要な領域が, 年齢とともに内側前頭前野が重要となることが示された。そして, 児童においてはスキーマと一致する, しないに関わらず, 記憶検索には海馬が重要な役割を果たすことが示された。内側前頭前野の働きについては, 記憶の統合と一般化をあげている (Schlichting & Preston, 2015; van Kesteren et al., 2012)。例として, 虚記憶を導き出すDRMパラダイムをあげている。内側前頭前野に障害がある患者は, DRMパラダイムにおいて虚記憶が起こりにくく (Warren, Jones, Duff & Tranel, 2014), 児童でも成人と比べれば虚記憶が起きにくいらしい (Paz-Alonso, Ghetti, Donohue, Goodman & Bunge, 2008)。この知見は知らなかったが面白い。つまり, 意味的に類似しているものに敷衍するという般化機能(児童期から成人にかけて発達してゆく)が, スキーマと一致する試行の記憶検索を一部支えている可能性がある。また, スキーマと一致しない試行の記憶検索については, 成人と児童でパターンの違いが見られている。児童は両側の海馬に依存して, スキーマに一致しない試行をエピソード記憶から検索しているのに対して, 成人ではそういったパターンが比較的前頭前野の働きにより置き換えられていた。

この研究では行動指標の結果はほぼ同じであるため, 最終的には行動だけではわからないところを神経データから検討している点は非常に重要である。ただ, 課題がスキーマのようなものを反映しているかは少し謎で, きちんと扱うならば出現するアイテムを少し変えるなどの工夫が必要だったのではないかと思う。いずれにしても海馬と前頭前野の関係を論じた研究は子どもではあまり多くなく, 貴重なことには変わりない。

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大阪教育大学で教員をしている柳岡開地 (Kaichi YANAOKA) のウェブページです。 子どもの認知発達に関心があり,実験や観察を通じて研究を行っています。 ※このウェブページは個人的な場所であり,所属とは関係ありません。 ※リンクいただける方はご一報ください。

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